網棚から荷物



見て見ぬふりをしていただいた方が有り難い、という事もありますよね。

先日、地下鉄の斜め前に座っていたおそらく中学生の男の子の上に、網棚から大きくてとっても重そうなスポーツバッグがどさり、と落ちてまいりました。どうやら本人の荷物のようです。男の子は一瞬、信じられない、という表情を浮かべたあと、頭を腕で抱え込んで俯いたまま、隣のおば様が「大丈夫?」と声をかけても顔を上げません。うんうん、わかるわ。その仕草は痛みよりも恥ずかしさからきているのよね。

状況は違いますが、私も先日、雨の日に傘をさして自転車で走っておりましたら、段差で滑り、交差点で思い切り転倒してしまいました。バッグは1メートルほど飛びましたし、傘の骨は歪んだのですが、どう上手に転びましたのか幸い私はかすり傷一つなく。その時もあまりの事に、私も信じられない、という表情を浮かべたあとで、首を傾げつつ荷物を籠にいれ、静かに走り去ったのです。周りの方達の、見て見ぬふりがどれだけ有り難かったか。

これもまた別の雨の日の出来事だったのですが、会社を出てすぐの所で、前を歩いていた30代半ばと思われる男性が思い切り、それこそ思い切り、すてーんと転んだのです。舗道上に仰向けに横たわってしまった男性はやはり「信じられぬ」という表情を浮かべ、ややあってから気を取り直して上半身を上げ、転んだ地点を「何があったのか?」というように見、そして、私が思わず見入ってしまっておりましたので目が合ってしまい、3秒ほどではありましたが、見つめ合ってしまったのです。「大丈夫ですか?」と声をかけようかどうしようか迷ったのですが、お怪我はないようでしたし、男性の表情からその転倒をなかった事にしたい、という気持ちが滲んでおりましたのでそのまま通り過ぎました。困惑と憤りと恥じらいに満ちたその瞳が、今でも忘れられません。