名器



先週譜めくりをいたしました二つの公演では、それぞれ、ヴァイオリンはストラディバリウス、チェロはガルネリ、とまさに名器と呼ばれております楽器の音色を間近で聞くことができ、役得でございました。しかもどちらも、財団などからの貸与ではなく購入された、マイストラディバリウス、マイガルネリ。なんでもストラディバリウスに関しましては都内に家が数軒買えるであろう価格、と。
こういった、名器と呼ばれる楽器につきまして、以前、ヴァイオリニストの葉加瀬太郎さんが興味深いお話を…

普通、楽器というのはどんどん改良されていって、例えば管楽器なんか特にそうだが、指を押さえるためのシステムなどは今でも改良され続けているのに、ヴァイオリンは300年前から何も変わっていない。つまり300年前に、すでに完成形ができてしまっている。これは凄いことだと思う。
そしてヴァイオリンは、ご存知の通り木で出来ている。木という物は、腐らない限り生きていて、常に変形を続ける。ヴァイオリンはニカワという柔軟な接着剤を使っているので、あっちが伸びたりこっちが縮んだりしても大丈夫。そのお陰で、何百年経ってもヴァイオリンは生き続けることができる。
今使っているヴァイオリンも、220歳くらい。ヴァイオリンは、150年経ったときに、そのバイオリンが良い楽器かどうかが分かると言われている。良いバイオリンは、そこからどんどん磨きが掛かっていって、寿命はだいたい300年から400年らしい。名器と言われるストラディバリウスやガルネリ・デルジェスは、おおよそ300年なので、今が全盛期。僕のヴァイオリンは約200年で、これからどんどん良くなっていく。どんなに良い作りでも、100年のバイオリンじゃ、まだまだ音が若い。年月でしか為し得ないモノが、ヴァイオリンの世界にはある。

いつのことでしたか、あるクラリネットメーカーの方に「やはりクラリネットにも、ストラディバリウスのような貴重で高価な名器と呼ばれているものがあるのですか?」と伺ったところ、「いいえ、クラリネットは最新の楽器が最高の楽器です。まだまだ進化し続けている楽器ですので」との答えででした。
この300年の間に、いかに新しい素材が研究開発されようとも、木とニカワで作られた楽器が完成形であるという評価が揺いでいないというのは、考えましたら本当に驚くべき話。