恍惚の死



車内で思いだしたお話を一つ。先週、会社からの帰りの車内で、どこから入り込んだのか蚊が飛んでいるのを発見。目で追いますと、斜め前に座りぐっすりと眠っている男性の手にとまり血を吸い始めるではありませんか。パシッと叩いて差し上げたいとも思ったのですが、きっともの凄く驚かせてしまうでしょうし、もしも失敗したらただの危ないおば様ですのでそれも出来ず。ずいぶん長い間蚊は(表情を伺うことはできませんでしたが、おそらくうっとりと)血を吸い続けておりました。20秒ほど吸い続けた頃だったでしょうか。突然男性が腕を組み直しました。微かに痒みを感じたのかもしれません。その拍子に蚊は軽く潰されて息絶えてしまったのです。今までちゅうちゅうと血を吸っておりましたのに、幸福の絶頂から突然の死。鞄の上にふんわりと落ちた蚊の屍を見ながら、恍惚と血を吸っている最中に死ぬ事ができて、これはこれで幸せだったのではないか、と勝手に想像したのですが、はたして…。