扇子考



お扇子。仕舞扇も、茶扇も、ダンス、バレーやオペラで小物として使われる扇子も、扇の形は美しくて大好きです。ただ、狭い空間でお扇子を使われるのがどうにも苦手。例えばとても蒸し暑い日に、混み合って湿度の高い車内にぎりぎりで走り込んできた背広姿の方がおもむろにお扇子を取り出しパタパタと扇ぎ始め、揮発した汗をたっぷり含んだ風がもわーっと流れてまいりますと…あぁ、お願い、やめて、と思ってしまうのです。本来の用途できちんと使っているのですから、何も間違ってはいないという事はわかっているのですが。これが屋外、お祭などでパタパタしている姿を見かけるのは涼しげでよろしいかと。


恍惚の死



車内で思いだしたお話を一つ。先週、会社からの帰りの車内で、どこから入り込んだのか蚊が飛んでいるのを発見。目で追いますと、斜め前に座りぐっすりと眠っている男性の手にとまり血を吸い始めるではありませんか。パシッと叩いて差し上げたいとも思ったのですが、きっともの凄く驚かせてしまうでしょうし、もしも失敗したらただの危ないおば様ですのでそれも出来ず。ずいぶん長い間蚊は(表情を伺うことはできませんでしたが、おそらくうっとりと)血を吸い続けておりました。20秒ほど吸い続けた頃だったでしょうか。突然男性が腕を組み直しました。微かに痒みを感じたのかもしれません。その拍子に蚊は軽く潰されて息絶えてしまったのです。今までちゅうちゅうと血を吸っておりましたのに、幸福の絶頂から突然の死。鞄の上にふんわりと落ちた蚊の屍を見ながら、恍惚と血を吸っている最中に死ぬ事ができて、これはこれで幸せだったのではないか、と勝手に想像したのですが、はたして…。