五嶋節さん



ある研修会で、五嶋みどりさん、五嶋龍君、の二人のヴァイオリニストを育てた母として有名な、五嶋節さんのお話を伺う機会を持ちました。
興奮するとつい、北河内弁になってしまう、というそのパワフルな語りは、ご自身もおっしゃるように、まさに漫談。質問形式のお話のそのほんの一部分を。

■感性豊かな子供に育てるには?

感性豊かな子になどと、特別なことは何もしていない。ただ、自分が好きな事を、子供も一緒にしてきた。例えば読書。テレビを見るよりも、本を読むほうがずっと好きで、たくさん本を読んだ。読んだ本について自分の中で消化してどういう本だったかを子供に伝える。そうすると子供も興味を持って読むようになる。そして、感想を話してくれる。それがとても楽しい。
子供が成長すると、小難しい本を読むようになるが、ずっと同じ本を読んできたので、当然母親も読むと思って買ってくる。「サマセット・モーム大江健三郎の作品の比較対象」とかなんとかインテリぶっちゃって、「こんな本読みたくないわ」と思いながらも、娘に「ママ、読んでる?」、と訊かれると、つい「うん、読んでるよ。」と答えてしまい、仕方なく読み始めたら、はまってしまった。もう止まらない、次は、次は…と読みたくなる。
でも何も気取って音楽や、本の話ばかりしているわけではなくて、演奏家や指揮者について、「○○はゲイだ」、とか「□□が産んだ子供の父親はいったい誰だろう?」などという話もよくする。感性豊かな子を育てる、とか、五感を使ってどうする、なんて考えるよりも、自然に接してきた。

アメリカ渡米

みどりが10歳の時に渡米したのは、言われているように、「娘のヴァイオリンのため」というのは嘘。夫と、どうしても合わずに、「離婚したい離婚したい」、と思っていたが、実家からは、「かっこ悪い。姉の子供の縁談に障る。帰ってくるな。」と言われ、それなら日本でも外国でもどこでも一緒や、いてまえー、っと親子で家出をしただけ。
350万持って、英語もまったく話せないが、スカラシップで学費は出してくれるというし、行ったらなんとかなる、と思ったがこれがならなかった。マクドナルドで注文さえできない。小学校しか出ていなそうなマクドナルドのお姉ちゃんに馬鹿にされる。毎日、みどりにだけはマクドナルドのハンバーガーを食べさせ、自分はそれさえも食べるお金がなくて、ブロッコリーを茹でて、ちびちび食べていた。ホームレスがゴミ箱から、美味しそうなサンドイッチを拾って食べているのを見て、「みどりに食べさせてあげたいな」と思うぐらい、本当に貧乏だった。
当時(節さんは)32歳。英語は話せないし、特に資格はないし、で仕事を探してもみつからない。日本食レストランの、皿洗いやお運びの仕事ならあったが、提示されたのは時給2ドル。後はチップで稼げと言われた。その金額で働こうかどうしようか迷った。でも、娘の学校の送迎もできなくなる、レッスンもしてあげたい、図書館でレコードを聴いて勉強もしてみどりに伝えたい、と悩んだ末、結局仕事はしないことに。お金はなくなる一方。どんどんお金が減っていくというのはたいへんな恐怖。皆さん、人の不幸話というのは蜜の味ですやろ。
2月に渡米して、その年末に始めて、ズービン・メータ指揮のコンサートのスペシャルゲストの仕事が入った。よっしゃ、これでギャラがもらえる、と喜んだが、これはなんとギャラの出ない仕事だった。が、これがきっかけになり、1回6万で仕事が入るようになった。その後はとんとん拍子、かと思われたが、みどりが拒食症になり、一日10万の病院に入ったので、またどんどんお金はなくなった。回復して、仕事をはじめ、またお金がどんどん入ってきたが、今度は財団を作ってまたお金はどんどん出て行っている。お金というのは回るもの。

■親子関係・子育ての原動力

子供が赤ちゃんの時、抱いていると、にこーっと笑う。こんな自分に、笑いかけている。自分にとって、世界一のものを授かったな、と思った。子供の寝顔というのは天使。「昼間、あんなに叱って悪かったなあ」、と思う。「夕方まで、「こんちくしょう」と思っても、寝顔を見ると、「私は鬼だったなあ。明日はいい親になろう」と思う。世界一の宝物を授かった、自分の子供は世界一だ、という想いが原動力。
ある時テレビの取材があって、龍との、こう、いい親子関係を撮ろうとしていた。龍はちょうど反抗期。煮えたぎるような厳しいレッスン風景を撮った後、テレビクルーが、「龍君ね、実はお母さん、夜、龍君の寝顔を見ながら、「いい子だな、世界一だな」、って言ってたんだよ、」と。ばっと龍にライトが当たる。さあ、ここで何を言うか、と皆が待ち構える中、「テレビ用にママはそう言ったの?」、と訊いた。放映はされませんでした。
アメリカでは18になると離れなければいけない。子供も自立。親も自立。18で離れなければいけないのがわかっているので、余計18まではべたべたした。今は二人とも離れてしまい、寂しくて寂しくてしかたない。