娘の着付けを待っております間、美容室に置かれていた「銀座百店」の2006年1月号を読んでおりましたら、

“鞄”(かばん)という字をつくったことでも知られる、銀座タニザワ

という一文で始まる、タニザワのダレスバッグを紹介するページが。存じ上げませんでした。少し調べてみましたところ、サイトの会社沿革、タニザワのあゆみ、の中にこのように。

禎三が考案したといわれる「鞄(かばん)」の文字を看板に掲げたところ、これが銀座をお通りになった明治天皇のお目にとまり、侍従職を通し「何と読むか?」との御質問を受ける。これをきっかけに「鞄」の字が全国に広まったと伝えられている。

高校、大学、と重い楽譜を何冊も詰め込んだ楽譜を持っての遠距離通学。それを支えてくれましたのがタニザワのバッグ。母からのプレゼントでしたが、おそらく紳士用だったのではないでしょうか。茶色のヌメ革、しっかりとした持手とショルダーストラップの付いた頑丈な鞄。大振りの楽譜もすっぽり収まるサイズで、使うほどに革の風合いが増し、友人にもよくどこで買い求めたのかをよく訊ねられたものでした。そう、2年後に同じ高校に入学してまいりました従姉妹に、母が入学祝の希望を尋ねましたところ、「emimiちゃんと同じバッグが欲しい」、と。早速タニザワにまいりましたところ、「まったく同じものはもう作っておりません」とのことで、少しだけ、素材と形の違うタイプを贈ったのでした。
タニザワ、と聞くといつでも、この長く愛用いたしました堅牢なバッグを思い出すのです。